東京高等裁判所 平成11年(行コ)66号 判決 1999年8月19日
控訴人(原告)
株式会社藤田運輸
右代表者代表取締役
藤田武人
右訴訟代理人弁護士
奥川貴弥
同
川口里香
同
石上尚弘
被控訴人(被告)
千葉県地方労働委員会
右代表者会長
一河秀洋
右指定代理人
歌田德一
同
桜井勇
同
鳥飼良雄
同
西岡敦夫
被控訴人補助参加人
全日本運輸一般労働組合 東京地方本部千葉地域支部
右代表者執行委員長
本田英次
右訴訟代理人弁護士
渡會久実
同
守川幸男
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用(参加によって生じた費用を含む。)は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が、千労委平成七年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について、平成九年八月七日付けでなした救済命令を取り消す。
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」記載のとおりであるからこれを引用する。
一 原判決四頁四行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 原審裁判所は、本件救済命令のうち、訴外那須一弥に関する部分については、和解の成立によって拘束力を失ったから、同部分の取消しを求める控訴人の訴えは訴えの利益を欠くとして、これを却下し、訴外齋藤勝美に関する部分についての請求は、同人に対する控訴人の懲戒解雇が不当労働行為に該当するから、本件救済命令に違法はないとして、これを棄却したことから、これを不服とする控訴人が控訴したものである。」
二 同一五頁末行の「不謹慎な」を「不謹慎の」と改める。
第三争点
争点は、原判決二五頁末行の「注意を受けたことがあった、」を「注意を受けたことがあった。」と改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄第三「争点」記載のとおりであるからこれを引用する。
第四当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する請求のうち、那須に関する部分にかかる訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の部分は理由がないからこれを棄却すべきものと判断するものであり、その理由は、原判決六〇頁二行目の「不謹慎な言動」を「不謹慎の言動」と、同六五頁一〇、一一行目の「一年とかね」を「一年とか一年半とかね」とそれぞれ改め、二のとおり当審における主張についての判断を加えるほか、原判決「事実及び理由」欄第四「争点に対する判断」一、二(原判決四六頁末行から七四頁三行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における主張について
1 控訴人の主張
(一) 本件救済命令は、那須に関する部分を含め全体として存続し、控訴人に対し、那須の原職復帰及びバックペイを今も法的に命じているのであるから、本件救済命令中の那須に関する部分について、那須との和解によって、原職復帰やバックペイの基礎を欠き、控訴人に対する拘束力を失ったといえるのかが疑問である。控訴人は、既に別会社で稼働し、被控訴人補助参加人との関係を断ち切りたいとの那須のたっての願いを受けて、温情的に那須を退職扱いとしたにすぎず、右取扱いをもって、控訴人が、那須に対する本件懲戒解雇が原始的に違法無効だったと認めるわけではない。右和解をもって、少なくとも那須に関する部分だけでも、本件救済命令が、その拘束力を失ったならば、控訴人が、かかる違法無効の命令を取り消すための行政訴訟を提起できて当然のはずである。さらに、たとえ一部分とはいえ本件救済命令が確定すれば、「不当労働行為企業」というレッテルが貼られ、控訴人の社会的な信用失墜につながりかねない。したがって、控訴人は、本件救済命令中の那須に関する部分を取り消すことによって回復されるべき実質的な利益を有する。
(二) 会社経営の流動性ないし機動性の見地から、常務外行為許可決定の制度が採用されており、対象行為の必要性は不可欠の要件であり、また、法原理機関である裁判所が、あえて違法行為を認許することはないので、常務外行為の適法性も要件である。したがって、常務外行為許可決定に際し、裁判所は、対象行為の内容に立ち入り、具体的には必要性及び適法性の両要件を吟味した上で、当該行為をなす権限を取締役職務代行者に授与したはずである。常務外行為許可決定がなされたという現実に照らすと、本件懲戒解雇が、経営上必要に迫られた末の選択であり、かつ、合法であったことが分かるのであって、当時の裁判所は、公権的に、本件懲戒解雇の必要性及び適法性を肯定したのである。よって、常務外行為許可決定は、本件懲戒解雇の効力を正規に判断する手続でないかもしれないが、少なくとも、本件懲戒解雇が純経営的見地からなされたことを強く推認させる資料である。
(三) 平成七年八月八日以降の行程変更に際し、現場作業員を通じての齋藤らに対する電話連絡の指示があったか否か、同月一七日以外に櫻田による指示があったか否か、同月一日から七日までの間も齋藤らからの電話連絡がなかったか否かについて、控訴人主張事実が証拠上十分に認められるのに、原審は安易に控訴人主張を一蹴し事実認定を誤ったものである。
(四) 原審は、齋藤らが平成七年八月八日以降電話連絡をしなかったことを業務上の指示に違反したものと一応認定しながら、的確な指示がなされなかったこと等の事情を挙示して、右指示違反が就業規則所定の懲戒解雇事由に該当しないと結論したが、路線の変更は運転手に課せられた終業連絡・異常連絡義務の履行と何ら関係がなく、勝手に自己の判断で終業連絡をとりやめることができないのは当然であり、櫻田は山本が電話連絡にこだわる理由を十分に理解していたが、齋藤らは、上司である櫻田にくってかかりその指示を無視したものであり、同月二九日の運行状況は大幅な遅れであるのに異常連絡すら入れておらず、業務を怠けたことが相当強く疑われるのであって、原審の指摘にかかる諸事情は、いずれもこれらを首肯できない。
(五) 原審は、平成七年八月二九日における齋藤らの応援につき、適切を欠いたものと認めながら、山本自身がすでに相当興奮していた等の事情を取り上げ、結論的に懲戒事由に該当しないというが、山本が興奮状態で齋藤らを頭ごなしに叱責し同人らの弁解を封ずるような所為をとったとは合理的に考えにくく、齋藤らは、山本が荷主サイドの人間であることを即座に識別できたにもかかわらず、横柄で挑発的な言辞をもって山本に応えたものである。
(六) 原審は、同種事例に照らして、本件が懲戒解雇に相当しないと述べるが、業務指示違反にとどまらず、顧客の管理職員とのトラブルを起こし、ひいては、運送委託契約の打ち切りを招いたほどの重大事案は、唯一本件だけである。
(七) 原審は、齋藤らの反省の態度が顕著でないからといって懲戒解雇事由に該当するということもできないとするが、懲戒委員会における齋藤らの弁明は、同人らの態度と相まって、懲戒委員会の怒りをわざと誘い、懲戒委員会を愚弄することを狙ったものであり、反省の態度が顕著でないというより、微塵も反省していないというべきである。
(八) 原審は、本件懲戒解雇が懲戒解雇事由の存在や懲戒解雇の相当性についての調査、検討が十分になされないままに行われたと指摘するが、懲戒委員会において判明した事情を斟酌すれば、本件懲戒解雇は誠にやむを得ないものであったのであり、前後六回に及ぶ取締役会の討議を経、かつ、常務外許可決定を得た上で、本件懲戒解雇を実行したものであって、控訴人は、性急に事を進めることなく、かえって慎重を期すべく、懲戒解雇事由の存在や懲戒解雇の相当性につき調査、検討を行ったと認められる。
(九) 原審は、懲戒委員会の発言内容等を総合した結果、懲戒委員会を構成した幹部職員らに不当労働行為意思が存在していたとするが、右発言は、懲戒委員会の席上、齋藤からせめて謝罪の言葉は出るものと予想していた懲戒委員としては、自己を正当化するばかりに汲々とする同人の非常識ぶりにあきれ怒り、その挑発に乗って思わず感情的な言辞が飛び出したとしても仕方がない面があったのであって、右発言の意味につき、反訳書の字義どおり解釈するのは相当でなく、反訳書の文字面を追うだけで、そこから不当労働行為意思を汲み取るのは拙速にすぎる。
(一〇) 原審は、取締役職務代行者らに不当労働行為意思が認められないとしても、懲戒委員会を構成する幹部職員らに不当労働行為意思が認められる以上、不当労働行為性を肯定できると説くが、その拠って立つ相当因果関係論の論拠につき全く説明を欠いているとともに、相当性の判断基準についても明記しておらず、不当労働行為の主体につき不当労働行為意思がないにもかかわらず、不当労働行為が成立するとは不合理である。
(一一) 一般に、解雇について合理的に納得のできる相当の理由がある場合にはたとえ使用者に不当労働行為意思が存在する場合でも、その解雇は有効であり、本件の場合、齋藤らに対する解雇は合理的な理由を有するものであるので、不当労働行為意思の存否に関わりなく、有効と認められる。
(一二) 仮に懲戒解雇事由等につき問題があったとしても、控訴人は、齋藤らに対する信用を失い、同人らと雇用関係を続行していく意思を失い、解雇の意思を表示したものであるし、顧客の管理職員と事を構えるなどの所行を考慮すると、齋藤らには、雇用契約を終了せしめられ、従業員たる地位を失わしめられるのもやむを得ない事由があったから、通常解雇としての効力を認めるのが相当であり、控訴人は、予備的に、就業規則二九条二号に基づく通常解雇も主張する。
2 控訴人の主張に対する判断
(一) 控訴人の主張(一)について
本件救済命令中の那須に関する部分については、控訴人と那須との間の和解の成立によって控訴人に対する拘束力を失ったものというべきであり、拘束力を失った本件救済命令部分について取消しを求める訴えの利益がないことは、原判決が説示するとおりである。控訴人は、拘束力を失った本件救済命令部分は、違法無効であり、これを取り消すための行政訴訟を提起できて当然のはずであると主張するが、和解により拘束力を失った救済命令が当然に違法無効となるものではない。また、控訴人は、本件救済命令の確定により「不当労働行為企業」というレッテルが貼られ、控訴人の社会的な信用失墜につながりかねないと主張するが、仮に信用の失墜という事態が生じているとしても、それは本件救済命令の法的効果ということはできないから、信用の回復のために訴えの利益を肯定することはできない。
(二) 控訴人の主張(二)について
裁判所の常務外行為許可決定は、当該行為をなす権限を付与する手続にすぎず、本件懲戒解雇の意思表示をなすについての常務外行為許可決定がされたからといって、裁判所が、公権的に、本件懲戒解雇の必要性及び適法性を肯定したということができないことは、原判決が説示するとおりである。控訴人は、常務外行為許可決定は、少なくとも、本件懲戒解雇が純経営的見地からなされたことを強く推認させる資料であると主張するが、原判決が認定するとおり、懲戒委員会を構成した幹部職員らに不当労働行為意思が存在していたことが明らかであり、職務代行者らは、懲戒委員会の答申を重視し、これに沿う形で本件懲戒解雇を決定したのであるから、本件懲戒解雇が純経営的見地からなされたと認めることはできない。
(三) 控訴人の主張(三)について
平成七年八月八日以降の行程変更に際し、現場作業員を通じての齋藤らに対する電話連絡の指示があったか否か、同月一七日以外に櫻田による指示があったか否か、同月一日から七日までの間も齋藤らからの電話連絡がなかったか否かについて、原判決が認定する事実は、原判決の挙示する証拠及び同証拠の評価について原判決が説示するところによれば、正当として是認することができ、原判決に対する控訴人の非難は当を得ないものである。
(四) 控訴人の主張(四)について
齋藤らが、平成七年八月八日以降において、独断で終業連絡が不要と考えこれをしなくなったことは、業務上の指示に違反したものといわざるを得ないが、これが就業規則所定の懲戒解雇事由に該当しない解(ママ)すべきことは、原判決が説示するとおりであって、原判決の右説示における懲戒解雇事由に該当しないと解すべき諸事情についての認定は、原判決の挙示する証拠により正当として是認することができる。なお、控訴人は、原判決が、櫻田の指示が電話連絡の意味を理解したうえでのものでないと認定していることを非難するので付言するに、訴外両名が懲戒委員会の場から退席した後の懲戒委員の発言内容が録取されている(証拠略)によれば、櫻田は、齋藤らに対し深井梱包への帰社電話をするよう指示したところ、齋藤らから「どうせ帰るんだから必要はないだろう」と言われたと発言しているにとどまり、齋藤らに対して、さらに深井梱包が電話連絡を求めている理由を説明して指示を与えたとの事実は認められず、この点は、証人齋藤勝美の原審証言とも一致しているのであって、これらによれば、櫻田の指示が十分なものでなかったことは原判決が説示するとおりであり、控訴人の右主張は理由がない。
(五) 控訴人の主張(五)について
平成七年八月二九日の齋藤らの山本に対する言動等の状況についての原判決の認定は、原判決の挙示する証拠によれば、正当として是認することができ、控訴人の主張に沿う事実を認めることはできない。
(六) 控訴人の主張(六)について
原判決が認定するとおり、山本は相当に興奮していて、齋藤らは到着するや否やいきなり叱責されたこと、齋藤はそれまで山本を知らなかったこと等の齋藤のみを一方的に非難し難い事情が存することを考慮すれば、齋藤の言動をもって懲戒解雇事由に該当するとはいえないとの原判決の判断は正当である。運送委託契約の打ち切りを招いたことも、右のとおり、齋藤のみを一方的に非難し難い事情が存する上、原判決が認定するとおり、深井梱包の運送業務は一人でも十分にできる仕事内容であるにもかかわらず、控訴人は、訴外両名をこれに従事させて二人常務とし、その人件費だけでほぼ深井梱包との運送委託契約による売上に匹敵する額に達していたことを考慮すると、右運送委託契約の打ち切りをもって他の事例とは明らかに異なる重大事案ということはできない。
(七) 控訴人の主張(七)について
原判決が認定するとおり、齋藤は、自ら反省すべき点については反省の言葉を述べた上、弁明すべき点については弁明しているのであって、懲戒委員会を愚弄することを狙ったもので微塵も反省していないということはできない。
(八) 控訴人の主張(八)について
原判決が認定するとおり、懲戒委員会は報告内容と訴外両名の言い分が重要な部分で食い違っていたのに即座に懲戒解雇相当との結論を出し、取締役職務代行者らも若干の補充調査を指示したのみで十分な検討をすることなく懲戒解雇処分とすることを早々に決定しているのであって、調査、検討が不十分であったといわざるを得ない。
(九) 控訴人の主張(九)について
(証拠略)の反訳書は、訴外両名が懲戒委員会の場から退席し、懲戒委員のみとなった所で発言された内容が反訳されたものであり、その場には既に訴外両名はおらず、同人らの挑発に乗って思わず感情的な言辞が飛び出したものとは認めることができないのであって、むしろ訴外両名が退席した場で懲戒委員会の各委員の本心がそのまま吐露されたものと認めることができる。そして、(証拠略)によれば、被控訴人補助多加人及びその組合員である訴外両名に対する敵対、蔑視の態度、訴外両名を控訴人から排除する絶好の機会として懲戒解雇を前提にその理由をこじつけようとする態度が露骨に現れていることが認められるのであって、懲戒委員会を構成する幹部職員の不当労働行為意思の存在は明らかである。
(一〇) 控訴人の主張(一〇)について
原判決が認定するとおりの懲戒委員会の開催決定から本件懲戒解雇に至るまでの経過に照らせば、懲戒委員会を構成する幹部職員らの不当労働行為意思に基づく答申があり、取締役職務代行者らは、その答申内容を重視し、これに沿う形で本件懲戒解雇を決定したものであって、社会通念上前者があったからこそ後者が行われるに至ったものと認めることができるから、右両者の間に相当因果関係を肯定することができる。そして、かかる場合は、取締役職務代行者らにつき不当労働行為意思が認められないとしても、それのみで控訴人としての不当労働行為の成立を否定することはできないと解すべきである。
(一一) 控訴人の主張(一一)について
原判決の認定するとおりの事実によれば、訴外両名に懲戒解雇に該当する事由があったということはできないのであって、不当労働行為意思の存否に関わりなく本件懲戒解雇が有効と認めることはできない。
(一二) 控訴人の主張(一二)について
原判決が認定するとおりの事実によれば、控訴人が齋藤について本件懲戒解雇から通常解雇への転換を主張することは、本件懲戒解雇の意思表示が不当労働行為意思に基づくものと認められる以上、通常解雇としてもなお解雇権の濫用といわざるを得ない。
第五結論
以上によれば、控訴人の請求のうち、那須に関する部分にかかる訴えは不適法であり、その余の請求は理由がないから、右部分につき訴えを却下するとともにその余の請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 橋本昌純 裁判官 松並重義)